この体験記は第4話です。シリーズ全体はこちら▶︎【https://kinakomilk.com/nyugan00/】
今回は、私が化学療法(抗がん剤治療)に向けて準備したことをまとめました。仕事のこと、お金のこと、脱毛対策――当時の私にできたこと、できなかったことを、当時のリアルな気持ちと一緒に振り返っています。同じような状況の誰かにとって、少しでも参考や安心材料になれば嬉しいです。
退職
退職を決めたのは、術前化学療法が始まる約3週間前。
秋の気配を感じ始めた頃でした。
当時の私は、3ヶ月更新の契約社員として平日フルタイムで働いていましたが、大きな病院は基本的に平日しか診察しておらず、PET-CTやMRIなどの検査もそれぞれ別日程。立て続けに平日に休みを取らざるを得ない状況でした。
職場の上司に乳がんのことを伝えたのは、最初のクリニックで確定診断が出た頃。上司たちは「乳がんは今は治る病気だから!」「私の親戚も手術して何十年も元気だよ!」と励ましてくれました。でも、当時の私は心の中で(何を根拠に?)(その人は何歳だったの?転移は?サブタイプは?)と、冷めた感情を抱えていました。乳がんの状態は本当に人それぞれだと感じていたからです。
もし、手術と放射線だけで済んだなら、仕事を続けながら治療する道もありましたが、リンパ節転移がわかり術前化学療法が決まってからは、上司や総務の方との話し合いも自然と退職の方向へ進んでいきました。
有給消化に入る前の出勤日は、妊孕性温存治療の真っ最中。ホルモン剤の副作用で体調もつらく、「これで抗がん剤が始まったら、仕事は絶対無理だな…」と感じていました。
職場からは、強く退職を勧められたわけではありません。乳がんがわかる前からストレスで過敏性腸症候群を発症していたこともあり、職場への執着はそれほどありませんでした。「乳がんをきっかけに辞めた」という方が正しいかもしれません。夫が結婚前から「家庭に入ってもいい」と言ってくれる人だったということも退職に踏み切れた要因の一つです。
傷病手当金の申請
傷病手当金は、会社員が加入している健康保険の条件を満たせば、直近の平均月収の約2/3を、最大1年半受給できる制度です。
最終出勤日に、総務の方に私と主治医で記入した申請書を渡して、会社経由で提出してもらいました。(私の職場の保険者は協会けんぽで、申請書の用紙は協会けんぽの公式サイトからダウンロードできましたし、窓口でも直接もらえました)
我が家は夫婦別財布で、私の乳がんがわかってからは夫が家賃や生活費を全額負担してくれるようになったものの、医療費や社会保険料など自分の支払いは、引き続き自分の貯金から出していました。貯金がどんどん減っていく不安の中で、傷病手当金の存在は本当に心の支えでした。
高額療養費制度の限度額認定証
治療を始めた頃は、まだマイナ保険証が主流ではなく、限度額認定証を発行しておかないと、毎回の医療費を全額3割負担で支払う必要がありました。
一旦3割負担を払って後から還付を受ける方法もありますが、私の場合、1回の抗がん剤治療で50万円前後かかったので、毎週そんな大金を立て替えるのは到底無理でした。最初から限度額認定証を発行しておいて、本当に良かったと思います。
日本の高額療養費制度、そして国民皆保険制度のありがたさも改めて実感しました。
奨学金の返還期限猶予
まだ奨学金の残額が300万円ほど残っていた私。治療費が最終的にどれくらい掛かるかわからない状況で、貯金を奨学金に充てるのは得策ではないと考え、「傷病事由」で奨学金の返還期限を猶予してもらうことにしました。
必要書類や診断書の準備など、不明点はその都度日本学生支援機構に問い合わせながら進めました。傷病の場合は、通常の「10年の猶予上限」がなくなるので、治療に専念するための精神的な余裕ができました。なお、申請は1年ごとに必要な点も、覚えておくと良いポイントです。
ケア帽子やハットの準備
脱毛対策として、使い捨てのヘアキャップを用意していました。多少締め付け感はありましたが、抜け毛が床に落ちにくくなるので助かりました。
在宅ではほとんど“ハゲ頭”のまま(笑)で過ごしていましたが、さすがに宅配便の受け取りやゴミ出しではケア帽子をサッとかぶっていました。
私は肌触りの良いオーガニックコットン素材のケア帽子を楽天で購入し、色違いで揃えて愛用していました。外出時は季節に合わせたバケットハットなども活躍。Creemaなどのハンドメイドサイトにも、素敵なケア帽子がたくさんあるのでおすすめです。
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やっておけばよかったこと
医療用アートメイク(眉・アイライン)
抗がん剤が進むと、眉毛とまつ毛が抜けて顔の印象がガラッと変わりました。顔認証が上手くいかなくなるのも地味に困りました…。元の自眉がしっかりしていた分、アウトラインがない状態で描くのが難しく、脱毛前に医療用アートメイクを入れておいても良かったかもと思いました。
CVポート
手首や腕の血管を使い続けていたので、化学療法の回数を重ねるほど針が入りにくくなり、点滴のルート確保が大変に…。CVポートは小さな傷跡が残ると聞いて躊躇してしまいましたが、思い切ってCVポートを作っておいた方が結果的には楽だった気がします。
実生活の変化と心の準備
退職後、平日の朝に家でゆっくり過ごすことに、最初は少し罪悪感がありました。でも「これは神様が今は休めと言ってくれているんだ」と思うことで、少しずつ自分を許せるようになりました。
抗がん剤治療にはもちろん不安もありましたが、それ以上に「これでやっと治療が前に進む」という思いの方が強かったです。
少しずつ、自分の心と暮らしを“治療モード”へ切り替えていった――
今振り返ると、そんな時期だったように思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます🍀
次回は、いよいよ初めての抗がん剤治療について綴ります。
副作用のこと、治療当日のこと、感じたことを、できるだけリアルにお伝えできればと思います。
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